えっちゃん先生のせんせいのはなし。

 石倉京子 KYOKO ISHIKURA

 
石倉おえかき教室は1969年にうまれました。
石倉おえかき教室のせんせいは京子せんせい。
京子せんせいはわたしのお母さんで、そしておえかき教室のせんせいです。
京子せんせいはおえかき教室のみんなが大好きでした。
京子せんせいが52才のときに病気になってしまいました。
わたしは京子せんせいが元気になっておえかき教室のみんなに会えるようにせんせいの
ピンチヒッターをやりました。
でも京子せんせいは天国にいってしまいました。
わたしはおえかき教室のみんなにたくさんの元気をもらいました。
そして1998年あらためて2代目石倉絵画造形教室が誕生しました。
 
京子せんせいが残してくれたものはかけがえのないわたしの宝物になりました。
 
わたしに元気をくれたおえかき教室のみんな、支えてくれたみんな、京子せんせい
 
ありがと。
 
2代目石倉絵画造形教室
えっちゃんせんせい
 
 
石倉京子 KYOKO ISHIKURA
1945年 阪井邦男.正子の長女として誕生
1951年 京都錦林小学校入学
      児童劇団所属
1958年 名古屋大学教育学部附属中学校入学(現在の夫と出会う)
1961年 名古屋大学教育学部付属高等学校入学
1964年 京都成安女子短期大学意匠学部テキスタイル科入学
1967年 京都西陣帯『渡文』デザイナーその後デザインオフィス『Take Center』デザイナー
1970年 10月5日石倉正義と結婚
     自宅にて『石倉絵画教室』を開く。
1971年 10月2日長女真矢誕生
1974年 1月16日次女悦加誕生
1990年 第40回中部二科展『望』(油彩)出品 初入選
1992年 第77回二科展『あの時』(油彩)出品 初入選
1997年 その後二科展出品…第82回二科展『ときを待つ』第47回中部二科展『人』(キタムラ賞)が最後の出品となる
1998年 2月膵臓ガンを患い入院.手術
     3月28日長女の結婚式
     4月28日名古屋.聖霊病院にて逝去(享年52才)  

京子先生の本

「石倉京子Kyoko ISHIKURA」

企画.発行 石倉正義 
発行日 1999.12.21 
編集 Maya&Etsuka 
47ページオールカラー 
 

 

こどもたちの日記絵

ひよこのおはか
 

ミロ

飼っていた愛猫ミロの絵
 

油彩

スケッチ
 

ドローイング

絵を描く紳士
 

ドローイング

黒猫

 
ぼくってなにをモチーフにしているとおもう?
へんないきもの?
むし?
 
えっちゃん先生が2代目の先生になったとき、
京子先生の作り上げた教室が消えて行ってしまいそうでさみしくなりました。
これからも一緒に大切なこの場所を守っていきたいと思った時、
教室のマークは京子先生とえっちゃん先生の共通のものをモチーフにしよう!って考えました。
 
それが・・・
〝ぼくってなにをモチーフにしているとおもう?〟の答え!
 
「だんごっぱな」です。
 
2人の先生をご存知の方は納得してくれるはず^^
2人の鼻はまん丸で団子っ鼻なんです。
 
コンプレックスだったこの鼻もこうしてキャラクターとしてうまれて
みんなに愛される!?守り神になったのでした。
 
( 2023年11月追記)
なんと京子先生の孫で えっちゃん先生のお姉ちゃん(まやちゃん)の子供(甥)が石倉絵画造形教室の先生として一緒に楽しんでくれることになりました♪
京子せんせいを知る方からは、京子先生の仕業だね(笑)とか、天国でにやけてるね〜なんて言葉をいただきます。
わたる先生からいっしょにやりたい!と話をもらった時、一緒にできる嬉しさと同時に、京子先生が見ててくれてる気がしてうれしくてしかたなかったです。
 
そしてわたる先生も、、
 
「だんごっぱな」です(笑)